庄村新四郎町(読み)しようむらしんしろうちよう

日本歴史地名大系 「庄村新四郎町」の解説

庄村新四郎町
しようむらしんしろうちよう

[現在地名]北区中之島なかのしま六丁目

小倉屋仁兵衛こくらやにへえ町の南西にあり、堂島どうじま川の浜通の町。「宝暦町鑑」に「玉江ばし南詰浜側二丁西、杵築御蔵屋敷ニ裏側ノ丁」と記す。常安裏じようあんうら町の外の浜側に新地として開いたもので、開発者の名が町名になったものであろうか。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数二・役数六役で、年寄はおかれず当町にあった豊後杵築藩蔵屋敷名代深江屋九兵衛が代行

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 堂島 預地 シマ

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む