…苑囿の出現は周代にさかのぼると伝えられるが,造園の事跡が確認される古代の実例としては,秦始皇帝の上林苑のほか,咸陽の離宮で渭水の水を引いて池を作り蓬萊山(ほうらいさん)を築いているのは人工的な築山(つきやま)の先駆である。前漢武帝は上林苑を拡張し,建章宮では太液池(たいえきち)中に東海神山をかたどった築山を作った。茂陵の袁広漢の造園は石の築山,砂の洲浜を備え,珍奇な禽獣や樹木を集め,多くの建築を配したもので,すでに山水,花木と建築を組み合わせる中国庭園の原型がうかがえる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」