式波村(読み)しきなみむら

日本歴史地名大系 「式波村」の解説

式波村
しきなみむら

[現在地名]嬉野町大字下宿しもじゆく式浪しきなみ

現嬉野町の北東、塩田川沿いに位置する。正保絵図に村名がみえる。式浪村とも書く。寛永一六年(一六三九)までは佐賀本藩領であったが、それ以後は蓮池はすのいけ藩の創設によって平地の分は蓮池領となった。

明治四年(一八七一)大草野おおくさの村となる。

この地に「式浪先祖の墓」と称される墓があるが、これは小城おぎ砥川とがわ(現小城郡芦刈町)の石工松尾庄兵衛が度々出稼ぎにきて、ついに式波に移住し安政四年(一八五七)に死んだ墓といわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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