後山新田村(読み)うしろやましんでんむら

日本歴史地名大系 「後山新田村」の解説

後山新田村
うしろやましんでんむら

[現在地名]諏訪市湖南(こなみ) 後山

守屋(もりや)山の西側、真志野(まじの)峠を越えて田無(たなし)川沿いに伊那側に下った所にあり、標高一〇〇〇メートルを越える山村である。慶安四年(一六五一)南真志野村を親村として開発された(諏訪史)。後山新田開発免許状(藤原氏蔵)には、

<資料は省略されています>

とある。遠藤以下の三人は、武田あるいは尾張の浪人であるといわれ、浪人召致新田といわれている。

享保一八年(一七三三)書上の諏方藩一村限村地図(長野県庁蔵)には「家数拾九軒 高四拾四石壱斗九升壱合壱勺」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 田無 モリ

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む