得永郷(読み)えながごう

日本歴史地名大系 「得永郷」の解説

得永郷
えながごう

読みは不明で、高山市江名子(えなこ)町付近に比定する説があるが確証はない。仁安元年(一一六六)頃の飛騨国雑物進未注進状(宮内庁書陵部蔵)に「得永郷」とみえ、田六三町二段のうち新田が七町、一宮水無(みなし)神社(現大野郡宮村)に一町、白山社に四段、栗原社に四段のほか、国分寺などに対する除田が計六町二段余ある。また「得永」の蒔大豆一石二斗・苧一目が未進となってる。文和二年(一三五三)一二月二四日、幕府は近江園城(おんじよう)寺の造営料所となっていた当郷の地頭職に対する乱妨を止めるよう守護に命じた(「足利尊氏御教書」園城寺文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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