御提灯屋平兵衛拝領屋敷(読み)おちようちんやへいべえはいりようやしき

日本歴史地名大系 「御提灯屋平兵衛拝領屋敷」の解説

御提灯屋平兵衛拝領屋敷
おちようちんやへいべえはいりようやしき

[現在地名]千代田区外神田そとかんだ四丁目

須田すだ町二丁目代地の北に位置する御成道東側の片側町。東は神田花房かんだはなぶさ町代地、西は同旅籠はたご町一丁目。元地は北側樽屋三右衛門たるやさんえもん拝領屋敷続きの神田平永かんだひらなが町前通り広道のうちで、天明七年(一七八七)表田舎間三間余・裏幅一間余・奥行二〇間、五一坪余を御提灯屋平兵衛が拝領した。寛政五年(一七九三)一一月近辺が類焼した際に当町は類焼を免れたが、柳原やなぎはら土手下六ヵ町地先が火除地となったため、翌年御成道小姓組松平内匠頭組永井伊織邸跡に五一坪の地所を代地として与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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