徳富太多七(読み)とくとみ ただしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「徳富太多七」の解説

徳富太多七 とくとみ-ただしち

1739*-1818 江戸時代中期-後期の開拓者。
元文(げんぶん)3年12月29日生まれ。肥後熊本藩主細川重賢(しげかた)にとりたてられて郡横目(よこめ),ついで惣庄屋となる。植林津奈木(つなぎ)川の治水事業などに尽力晩年は郷里水俣(みなまた)の屋敷内に私塾水俣書堂をひらいた。徳富蘇峰(そほう)・徳冨蘆花兄弟の祖にあたる。文化15年4月10日死去。81歳。名は久貞。

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367日誕生日大事典 「徳富太多七」の解説

徳富太多七 (とくとみただしち)

生年月日:1739年12月29日
江戸時代中期;後期の開拓家
1818年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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