志段見村(読み)しだみむら

日本歴史地名大系 「志段見村」の解説

志段見村
しだみむら

[現在地名]岐阜市長良志段見ながらしだみ中川原なかがわら

雄総おぶさ村の東に位置し、南を長良川が西流する。集落は北部の山麓と長良川沿いの中川原にある。古代の方県郡思淡しだみ(和名抄)の遺称地とされる。中世には近江日吉社領志談しだみ庄が成立していた。正中二年(一三二五)一一月二五日、梶井門跡承鎮法親王(後宇多天皇猶子)は新たに同門跡となった尊雲法親王(後醍醐天皇の子護良)に志談庄などを譲っている(「承鎮法親王付属状」三千院文書)慶長郷帳に「したミ村」とみえ、高二〇石余。慶長一五年(一六一〇)の徳川家康朱印状写(徳川林政史研究所蔵)によれば石河光忠領であるが、同一七年より尾張藩に組込まれ、石河氏の給地として幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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