…745年(天平17)に行基が開いたと伝える古刹。客殿の襖絵が円山応挙の《郭子儀(かくしぎ)図》《孔雀図》《山水図》のほか,呉春(ごしゆん),長沢蘆雪,源琦(げんき),円山応瑞,山本守礼,亀岡規礼ほかの円山四条派の作家たちの作品で埋めつくされ,応挙寺の俗称で呼ばれる。当寺の中興密英が無名時代の応挙を援助したため,応挙が再興に協力し弟子たちがそれにならったもので,円山四条派一派の描いた襖絵などは165面に及び,屛風,衝立(ついたて),掛軸などもある。…
※「応挙寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...