愛宕下(読み)あたごした

日本歴史地名大系 「愛宕下」の解説

愛宕下
あたごした

[現在地名]秋田市楢山愛宕下・同金照町

「御本城枝城」(国典類抄)に「築地・亀ノ町に継愛宕下新屋敷、是楢山之継にして川辺郡也」とみえる。楢山古川新ならやまふるかわしん町、すなわち過去の寺小路てらこうじ東端から南折し、太平たいへい川を百石ひやつこく橋で渡り愛宕下に至る。この道も寺小路という。東側の金照きんしよう寺などにちなむ名称と思われる。百石橋は金照寺が禄米一〇〇石で架設したためともいう。「秋藩紀年」寛文一一年(一六七一)七月一三日条に「牛島後屋敷割済」とみえ、翌一二年一二月二〇日条に「楢山屋敷割如絵図願之者ニ被下」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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