戌山城跡(読み)いぬやまじようあと

日本歴史地名大系 「戌山城跡」の解説

戌山城跡
いぬやまじようあと

[現在地名]大野市犬山

飯降いいふり山の北東支脈いぬ山の標高約一八〇メートルの地にある。「越前国城蹟考」は城主を足利尾張守三男斯波伊予守義種・大野佐衛門佐満種・大野修理大夫持種・大野修理大夫義鏡・斯波家臣千福中務大輔・朝倉下野守経景・朝倉与三左衛門景職・朝倉孫八郎尹景・金森五郎八長近と記す。一五世紀前後に斯波氏の支配するところとなったらしい。大野(斯波)修理大夫持種は「蔭涼軒日録」寛正五年(一四六四)一〇月一七日条によって、当時大野郡司であったと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 台地 山頂

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android