抜原郷(読み)ぬばらごう

日本歴史地名大系 「抜原郷」の解説

抜原郷
ぬばらごう

和名抄」高山寺本に「原」、東急本に「抜屋」とありともに訓を欠く。「日本地理志料」は「原」のは榎の誤りで「衣波良」と読むとし、「続日本紀」養老三年(七一九)一二月一五日条に「備後国安那郡茨城」とあるいばら城にあて、備中後月しつき井原いばら町井原(現井原市)の可能性を示唆する。「大日本地名辞書」は「蓋ヌバラと訓むべし今其地を詳にせねど、強て推して云はば、川北川南等ならん」とする。「続日本紀」の「茨城」については「是は茨常と名づくる二城を廃止せられし也、此地方に特に城塞の設を為し、兵戍を置かれん理由なければ、必定稲城と云へる屯倉なるべし、且常は和名抄都禰郷とあるより推せば、茨は抜原郷とす、茨はウバラと訓むも、和名抄にヌバラとあるは正訛の差別のみ」とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む