掛津村(読み)かけづむら

日本歴史地名大系 「掛津村」の解説

掛津村
かけづむら

[現在地名]網野町字掛津

懸津とも記す。三津みつ村の西に位置し、北方は日本海に開き南方は山岳地帯である。

耕地が少なく漁農兼業の村であったと伝える。もと三津村の内で、慶長検地郷村帳に「三津村之内掛津村」とみえる。天和元年宮津領村高帳には三津村四六〇・三一四石のうち二四三・三五六石「懸津分」と記されるが、その後三津村から分離、高付され、宝永二年(一七〇五)の宮津領辻高帳では「懸津村」とみえる。宝暦九年郷村帳では三津村と併せて「三津掛津村」と記される。宮津藩領として推移したが、三津村の内として寛文六―九年(一六六六―六九)、延宝八―九年(一六八〇―八一)、掛津村として享保二年―宝暦九年(一七一七―五九)幕府領

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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