摩文仁村(読み)まぶいむら

日本歴史地名大系 「摩文仁村」の解説

摩文仁村
まぶいむら

[現在地名]糸満市摩文仁まぶに

摩文仁まぶい間切の東端に位置し、北は真壁まかび間切宇江城うえぐすく村、東は具志頭ぐしちやん間切与座ゆざ(現具志頭村)、南は海に面する。「おもろさうし」巻一四の一四に「まぶにとの」(摩文仁殿)がみえる。絵図郷村帳・琉球国高究帳に摩文仁間切摩文仁村とみえ、高究帳によると畠一四三石余。摩文仁間切同村どうーむらとよばれかつては間切の中心であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む