狭義には日本の神祭において神に供える飲食物をさすが、より広くは儀礼に際し、超自然的存在に対して供えられる飲食物その他の物品一般をいう。供物を捧(ささ)げる対象としての超自然的存在が存在し、供物を捧げることによって彼らとコミュニケーションをとることができるという信仰に基づいている。類似することばに供犠(くぎ)があるが、供犠は犠牲として捧げられる動物を傷つけ、あるいはその生命を奪うことに儀礼的な意味が集中するのに対し、供物の場合、かならずしもこうした犠牲の意味を含むもののみでなく、広く一般的な物品を包括する。たとえば台湾漢人の中元節では、身寄りがなかったり、若死に、異常死した者の霊(孤魂(ここん))に対し各戸が供物を供えて鎮魂するが、その供物のなかには、ろうそく、線香、金紙などの祭祀(さいし)用品、トリやブタの肉、御飯、果物、酒などの飲食物のほか、手鏡、鋏(はさみ)などの日用品や洗面用のたらいと手拭(てぬぐい)までが含まれる。
儀礼全体が超自然的存在に対しての働きかけとして行われる場合、祭祀用品一般からとくに供物のみを区別することはかならずしも可能ではないが、少なくともそれは対象に対して捧げられたものとして、儀礼中、ないしは儀礼後の消費、解体を伴うところに特色があると考えられよう。飲食物の場合、一般には儀礼の参加者によって消費される。日本の神祭ではこの消費は直会(なおらい)と称され、神と人々との会食として重要性をもった。中国、とくに中国南部の大規模な宗族の祖先祭祀においても、供物として捧げられたブタの肉は、一族の者たちに均等に分配される習わしであった。このようにして、儀礼に伴う供物の消費は、社会的に公認された飽食の機会としての性格ももっている。とくにタンパク資源の希少な社会において、供犠に伴う家畜や野生動物の肉の消費は、栄養摂取上重要な意味をもっている。たとえばニューギニア高地人は、普段はいも類などのデンプン質の食事に頼っているが、儀礼のときに家畜のブタを多量に消費する。彼らにとって儀礼は、ブタを消費するほとんど唯一の機会である。儀礼は多くの社会において一定周期のもとに行われるから、供物としての食料の消費が、食料資源と人間との間のバランスを保つ一つのメカニズムとなっているように考えられる場合も少なくない。なお、供物の内容は儀礼のもつ形式性の重要な一要素を構成していることも多く、それゆえ古い時代の食物や調理法が供物のなかに保存されている傾向がある。
[瀬川昌久]
神仏に供えるもの。神に供えるものを神饌,仏に供えるものを一般に仏供という。神饌はまたミケという。ミケは御食の意である。したがって神饌の中心は食饌である。普通,稲,米,酒,鳥獣,魚介,果実,蔬菜,塩水などがあるが,稲には和稲(にぎしね)・荒稲(あらしね),米には粢餅(しとぎもち)・糈米(くましね)・粿米(かしよね)・散米(さんまい),酒には白酒(しろき)・黒酒(くろき)・清酒・濁酒・醴酒(ひとよざけ),蔬菜には海菜・野菜,鳥獣には毛和物(けのにごもの)・毛麁物(けのあらもの),魚類には鰭広物(はたのひろもの)・鰭狭物(はたのさもの)などがある。ことに魚介,果実,蔬菜は多彩で,また主要な神饌とされるところから,棒鱈(ぼうだら)祭・鱧(はも)祭など魚類の名や,里芋祭・茄子(なす)祭・牛蒡(ごぼう)喰神事など野菜の名でよぶ祭りもある。さらに山野に自生するヤマイモなどの根菜類や,カヤ・トチなどの木の実も神饌として多く用いられる。一般に神饌は〈海山の幸〉〈山海の珍味〉といわれるが,それは珍しい希少のものというのではなく,おのおのの時代や地域において,人が採取あるいは栽培しうる最高のものであって,人々の生活を支えたものであった。それは神の恩恵によるものと意識し,神に捧げて報謝し,また神のお下がりをいただくことによって再生の実をあげようとするものであった。したがってその調理・調製も,それを食した時代にもっとも好まれた方法をとり,盛り付けされるのが本来の姿であった。神饌には生のままの生饌と,煮炊きした熟饌があり,現代では前者が支配的であるが,本来の意義からは後者が主であった。
仏供は本質的には神饌と同じであるが,大寺院の法要などの仏供は,鎮壇荘厳の具としての性格を帯び,円柱形・円錐形などに整形して盛り付け,彩色をほどこしたりしてきれいに飾り立てる風がある。神饌のなかにも神仏習合時代に仏供の影響をうけたものもあり,談山神社をはじめ随所にみられる〈百味御食(おんじき)〉などはその典型である。
→犠牲
執筆者:岩井 宏実
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