文祿慶長役(読み)ぶんろくけいちょうのえき

精選版 日本国語大辞典 「文祿慶長役」の意味・読み・例文・類語

ぶんろくけいちょう‐の‐えき‥ケイチャウ‥【文祿慶長役】

  1. 文祿元年(一五九二)から慶長三年(一五九八)にかけての、二度にわたる豊臣秀吉の朝鮮侵略戦争。文祿元年、大陸進出をはかる秀吉は、征明のための道案内を朝鮮王に命じ、回答が得られなかったことを理由に出兵。加藤清正らを派遣して漢城(現在のソウル)をおとしいれ、さらに北上して、碧蹄館の戦で明軍を破り、和議を約したが、講和の条件が秀吉の要求を全く無視したものであったため、慶長二年再び出兵。しかし戦局は進展せず、翌三年、秀吉の死により中止された。この戦いの結果、印刷・陶業の新技術、多くの典籍がもたらされたが、豊臣氏滅亡を早めもした。朝鮮史では、壬辰・丁酉の倭乱という。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む