コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

豊臣氏 とよとみうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

豊臣氏
とよとみうじ

天正 14 (1586) 年羽柴秀吉が賜わった姓。秀吉は同 13年7月関白になると藤原を姓としたが,翌年 12月奏して豊臣姓を受けた。こののち元和1 (1615) 年子秀頼が徳川家康に滅ぼされ,断絶した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

豊臣氏【とよとみうじ】

豊臣秀吉に始まる安土桃山時代の武家。1585年秀吉は関白となり藤原氏を称したが,翌年豊臣の姓を朝廷より与えられた。のち養子秀次,さらに実子秀頼が跡を継いだが,1615年大坂の陣に敗れ滅亡。
→関連項目駿府記太閤蔵入地松前氏

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

とよとみうじ【豊臣氏】

近世の姓氏。秀吉が豊臣姓を称したのに始まる。秀吉は尾張中村出自の木下氏だが,織田信長の重臣となり1573年(天正1)羽柴氏に改めた。平姓を称していたが,85年関白になるに際し近衛前久(さきひさ)の養子となり藤原を姓とし,翌年太政大臣になるに及び朝廷より豊臣の姓を受けた。秀吉は一族に豊臣氏を称させるとともに,諸大名にも羽柴氏,豊臣姓を授けた。91年秀吉の長男鶴松が夭折すると姉の子秀次に関白職を譲って後継者としたが,次男秀頼が生まれると95年(文禄4)秀次を高野山に追放して自殺させ,秀頼を後継とした。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

豊臣氏
とよとみうじ

豊臣秀吉(とよとみひでよし)に始まる近世の姓氏。秀吉は尾張国愛知郡中村に生れ木下氏であったが、織田信長の家臣として出頭し、1573年(天正元)羽柴氏(はしばし)と改めた。信長死後、平姓を称し、1585年関白につくに際し近衛前久(このえさきひさ)の養子となって藤原姓を称し、翌年太政大臣(だいじょうだいじん)就任に及んで朝廷から豊臣の姓を受けた。以後、一族のほか、秀吉は諸大名にも羽柴氏や豊臣姓を授けた。1591年長男鶴松が死ぬと、秀吉は甥豊臣秀次を後継者としたが、1593年(文禄2)次男豊臣秀頼が誕生、1595年秀次は高野山(こうやさん)に追放、自殺させられた。しかし、1598年(慶長3)秀吉が死去し徳川家康が政権を握ると、1615年(元和元)大坂夏の陣に秀頼は敗れ、豊臣氏は滅亡した。[朝尾直弘]
『山陽新聞社編・刊『ねねと木下家文書』(1982)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の豊臣氏の言及

【太閤蔵入地】より

…豊臣氏直轄領をいう。その全貌は〈慶長三年蔵納目録〉によって概観できる。…

※「豊臣氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

豊臣氏の関連キーワード大坂夏の陣武家諸法度末吉勘兵衛大坂城壁書間竿・間棹長谷川守知大坂冬の陣堀川ごぼう興意法親王大野治長朝尾直弘徳川秀忠豊国神社金森可重半井瑞策豊臣秀次狩野永徳萩原兼従大坂城代鹿苑日録

今日のキーワード

OAR

2018年の平昌五輪に国家資格ではなく個人資格で参加したロシア国籍の選手のこと。「Olympic Athlete from Russia(ロシアからの五輪選手)」の略。14年ソチ五輪での組織的なドーピ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

豊臣氏の関連情報