新与力町(読み)しんよりきまち

日本歴史地名大系 「新与力町」の解説

新与力町
しんよりきまち

[現在地名]鶴岡市山王町さんのうまち鳥居町とりいまち

与力町の東にあり、東西に続く郭外の家中屋敷地。東端うち川に至る。延宝六年(一六七八)の城下絵図では与力町の東端は疋田市右衛門下屋敷に突き当り、袋小路となっている。正徳三年(一七一三)与力町矢場増築の際、南の鳥居河原とりいがわらへ出る新道が付けられ、享保一九年(一七三四)旧疋田邸の松平藤兵衛下屋敷の南半が召上げられ、新しく九軒の家中屋敷が設けられた(大泉掌故)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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