新城小又山銀山(読み)しんじようおまたやまぎんざん

日本歴史地名大系 「新城小又山銀山」の解説

新城小又山銀山
しんじようおまたやまぎんざん

[現在地名]秋田市上新城小又

小又の東方、小又川上流にあった。「梅津政景日記」寛永二年(一六二五)六月一二日条に、

<資料は省略されています>

とある。翌一三日に政景は銀山に登り、翌月から運上山とし、奉行屋敷・御蔵屋敷・山師・町人らの屋敷割を見立てた。寛永四年には前年分の運上銀三貫匁を納めたが山況は悪化し、同五年には運上切取間歩なしという状態になった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 罷帰

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む