新堂庄(読み)しんどうのしよう

日本歴史地名大系 「新堂庄」の解説

新堂庄
しんどうのしよう

興福寺大乗院領荘園。応永六年(一三九九)の興福寺造営段米田数帳(春日神社文書)の十市郡に「大乗院方 新堂七町三段小」とある。ほかに天文一五年(一五四六)の「若宮祭礼并十二大会以下所出料所、進官米庄々、十市郷諸庄注文」(京都大学蔵一乗院文書)に「新堂多庄進官入地一町一反」とあるので、興福寺進官庄多(おお)庄(現磯城郡田原本町)の飛地があった(磯城郡の→多庄)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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