新堤村(読み)にいづつみむら

日本歴史地名大系 「新堤村」の解説

新堤村
にいづつみむら

[現在地名]大宮市新堤

大谷(おおや)村の北に位置する。北半は大和田片柳(おおわだかたやなぎ)支台上にあり、南半は台地を開析した低地となっている。南端を原市(はらいち)村(現上尾市)への道、北端を岩槻町への道が通る。南部(なんぶ)領に属した(風土記稿)。近世初期までは風渡野(ふつとの)村に含まれていたという(同書)。寛永二年(一六二五)一〇月菅沼藤十郎(定政)は徳川氏から新堤村で四四石余を宛行われ、翌一一月には菅沼新三郎(定勝)が「岩付領之内新堤村」で一一〇石余を宛行われている(記録御用所本古文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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