新幸谷村(読み)しんこうやむら

日本歴史地名大系 「新幸谷村」の解説

新幸谷村
しんこうやむら

[現在地名]五霞村新幸谷

小手指(こてさし)村東南の低地に所在。かつては元栗橋(もとくりはし)村の一部であったと伝えられ、新高野村とも記す。江戸時代は下総関宿藩領で、「寛文朱印留」には「新高野村」とある。寛文一一年(一六七一)の関宿領茂右衛門御代官場石高覚帳(松本好司文書)には「一高拾壱石壱斗三升七合 外ニ百壱石弐升壱合 新幸谷村」とあり合計村高一一二・一五八石。天保九年(一八三八)の葛飾郡五拾四ケ村組合諸商渡世向取調書上帳(同文書)によると村高一一二・一五八石。家数二七のうち二六は農業専門、一軒が農間商渡世で蒸菓子干菓子商売。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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