新栄町六丁目(読み)しんえいちようろくちようめ

日本歴史地名大系 「新栄町六丁目」の解説

新栄町六丁目
しんえいちようろくちようめ

[現在地名]中央区明石町あかしちよう

新栄町五丁目の南に続き、西は入船町六―七丁目、東は新湊しんみなと町六丁目、南は築地堀。明治元年(一八六八)起立。越後村上藩内藤氏下屋敷西部と豊後岡藩中川氏上屋敷の北西半にあたる。沿革図書によれば延宝年中(一六七三―八一)には遠江掛塚藩加々爪氏屋敷と豊前千束藩小笠原氏屋敷。加々爪氏は天和元年(一六八一)には断絶し、屋敷跡地は旗本堀田主税・堀田式部らの屋敷となり(享保年中江戸絵図)、天保二年(一八三一)頃から岡藩上屋敷となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む