新橋上村(読み)しんはしかみむら

日本歴史地名大系 「新橋上村」の解説

新橋上村
しんはしかみむら

[現在地名]大江町橋上はしかみ

月布つきぬの川中流東岸の段丘上にあり、東は本顔吉もとかおよし村枝郷久保くぼ地名はこの地に多い山椒の古語はしかみから出たという。最上氏領から元和八年(一六二二)幕府領となり、寛永元年(一六二四)郷替えにより左沢藩領、同八年幕府領庄内藩預地、翌九年庄内藩領、慶安二年(一六四九)松山藩領となる。天明五年(一七八五)から三年間幕府領となり、同八年再び松山藩領となり幕末に至る。新橋上と本橋上の分村は近世初期の支配の違いによるものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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