新青渡村(読み)にいあおどむら

日本歴史地名大系 「新青渡村」の解説

新青渡村
にいあおどむら

[現在地名]酒田市新青渡

古青渡ふるあおど村の南西新井田にいだ川右岸に位置する。天正年間(一五七三―九二)朝日山あさひやま城の没落後、城主池田讃岐守の家臣堀玄蕃ほか数名が開発したと伝える。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高四石余と五二六石余で計五三一石余。寛永三年庄内高辻帳の高は七三三石余。明暦二年(一六五六)の高七三五石余(「検毛帳」飽海郡誌)。享和三年(一八〇三)の家数五一・人数二二七(「村数家数人高控帳」斎藤文書)庄内要覧では免四ツ七分五厘、家数四五。明治八年(一八七五)の戸数四九、うち家持四六、農業四二、神官一、医者一、人数二八八(「戸籍帳」旧北平田村役場文書)。貞享四年(一六八七)草刈地の鷹尾たかお山萱山札五四枚分として米二俵二斗八升を納入(「鷹尾山新古留帳」相馬文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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