日向久保村(読み)ひゆうがくぼむら

日本歴史地名大系 「日向久保村」の解説

日向久保村
ひゆうがくぼむら

[現在地名]千歳村柴山しばやま 日向久保

柴山村北東白鹿はくろく山の北麓にあり、西は長峰ながみね村。年未詳六月一五日付の一万田氏と推定される鎮実知行預ケ状(伊東東馬文書)には伊藤右馬助へ預け遣わされた井田いだ両名のうちに「一所三貫分 屋那平」がみえる。この屋那平やなびらは現柴山の柳平やなびらに比定され、江戸時代には当村の内にあった。近世後期柴山村から分れたと推定され(千歳村誌)、「豊後国志」に日向久保がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む