昆陽の戦い(読み)コンヨウノタタカイ

デジタル大辞泉 「昆陽の戦い」の意味・読み・例文・類語

こんよう‐の‐たたかい〔コンヤウ‐たたかひ〕【昆陽の戦い】

23年、中国河南省にあった昆陽城にたてこもった劉秀が40万の王莽おうもうの軍を八千余の兵で破った戦い

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「昆陽の戦い」の意味・わかりやすい解説

昆陽の戦い
こんようのたたかい

中国,前・後漢交代期に劉秀 (→光武帝) と,王莽 (おうもう) が,現在の河南省葉県で行なった戦い。更始1 (23) 年,王莽の大軍 42万は,劉秀の守る昆陽城を取囲んだが,劉秀は将士を激励し,みずからは城を出て援軍組織,包囲軍の外側から攻撃。この結果,王莽の軍は敗北し,以後勝利を得た劉秀の勢力が伸張した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む