前6~後57(在位25~57)
後漢の初代皇帝。諡は光武帝,廟号は世祖。南陽(河南省)で豪族化していた漢王室の一族。諸豪族を連合して新を滅ぼし,漢を再興して洛陽に都した。王莽(おうもう)の苛政を除き,懇田(こんでん)を測り,外戚勢力を退けた。特に士風の矯正に留意して儒学を奨励し,名節を尊ぶ官僚の育成に努め,後漢の礼教主義的政治方針を確立した。対外的には消極政策をとった。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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…中国,後漢初代皇帝劉秀。在位25‐57年。…
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