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明帝 めいてい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明帝(中国、三国魏)
めいてい
(205―239)

中国、三国魏(ぎ)の2代皇帝(在位226~239)。名は曹叡(そうえい)。文帝曹丕(そうひ)の長子。蜀(しょく)の諸葛亮(しょかつりょう)(孔明(こうめい))が魏の南西境に侵攻すると、明帝は自ら長安に出陣し、一方では、張(ちょうこう)を街亭に遣わして蜀軍を大破、敗走させた。234年、山陽公(もと後漢(ごかん)の献帝)が崩ずると、翌年より魏独自の制度整備に尽力し、また洛陽(らくよう)宮を修築し、新たに太極(たいきょく)殿や昭陽殿を造営した。従来の太和暦にかえて、周暦に倣った12月を歳首(正月)とする景初暦を制定し、景初元年(237)3月から実施した。当時遼東(りょうとう)には、公孫淵(こうそんえん)が自立していたが、帝は司馬懿(しばい)にこれを討たせた。曹爽(そうそう)と司馬懿に後事を託し、35歳で没した。[上田早苗]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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