明徳村(読み)みようとくむら

日本歴史地名大系 「明徳村」の解説

明徳村
みようとくむら

[現在地名]養老町明徳

押越おしこし村の南方養老山地の東側、柏尾かしわお谷から広がる扇状地形が平野に移る地にある。北西石畑いしばた村。村名は明徳四年(一三九三)足利義満の養老来訪にちなむと伝える。慶長郷帳に村名がみえ、高七九石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳によると徳永昌重(高須藩)領。正保郷帳でも同藩領で田六石余・畑七三石余。元禄郷帳では幕府領。安永四年(一七七五)の村明細帳でも幕府領で、家数三九(うち寺一・高持二〇・水呑一八)、人数一九四(うち僧二・男八七・女一〇五)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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