…1907年にはプラハに最初の映画常設館が建ち,12年にはマックス・ウルバンMax Urban監督が彼の夫人であり最初のスターであるアンナ・セドラチコーバAnna Sedlackova主演の《恋の終り》などをつくった。 第1次世界大戦後,2人の若い映画作家,カレル・ラマーチKarel Lamačとグスタフ・マハティGustav Machatyが,彼らの発見したスター,アニー・オンドラ(のちにイギリスでヒッチコック映画のヒロインになる)とともにチェコスロバキア映画を盛り立てていくが,とくに人間の欲望,性的本能を象徴的なイメージに描いたマハティ監督の《春の調べ》(1933)は,チェコスロバキア映画を一躍世界に知らしめた作品で,ヘディ・キースラー(のちにハリウッドに招かれてヘディ・ラマールと名のる)の全裸シーンが話題を呼び,世界中で大ヒットした。 プラハは1930年代にはヨーロッパで最高の撮影所の施設を誇る映画の中心地となり,ビクトル・トゥールヤンスキー監督,アルベール・プレジャン主演の《炎のボルガ》(1934),ジュリアン・デュビビエ監督《巨人ゴーレム》(1935)といったフランス映画もプラハでつくられた。…
※「春の調べ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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