時之島村(読み)ときのしまむら

日本歴史地名大系 「時之島村」の解説

時之島村
ときのしまむら

[現在地名]一宮市時之島

西大海道にしおおがいと村の北、瀬部せべ村の東南にある。概高五九四石余の本田のほか、四石余と三石余の新田をもつ村で、そのうち五一〇石余は一三人の給知高で、他は蔵入地である。「寛文覚書」に記す家数八七、人数四八二。

「徇行記」には、本郷ほんごう東島ひがしのしま西島にしのしま河原屋敷かわらやしき山新田やましんでんの五つの区に分れ、「高ニ準シテハ戸口多ク鍬数百五十丁ホドアリテ耕田不足、大赤見村ノ田畝ヲ専ラ承佃シ、又、丹羽村浅井村・定水寺村・西大海戸村ヲモ承佃スト也」と記している。また「村中頭百姓少ク細民バカリニテ貧村ナリ」とあるように、比較的早く農民の階層分化が進んだ村であった。それは畑地が多く、その畑地が砂地という悪条件によることが多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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