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曾侯乙墓 そこうおつぼ Ceng-hou-yi-mu

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

曾侯乙墓
そこうおつぼ
Ceng-hou-yi-mu

「そうこういつぼ」ともいう。中国湖北省随県擂鼓 墩付近で,1978年に発掘された戦国早期の大型木槨墓。木槨は4室に分れ,漆による彩絵のある外棺,内棺のほか,多くの陪棺も納められていた。

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世界大百科事典内の曾侯乙墓の言及

【殷周美術】より

…河南省洛陽の金村古墓,輝県固囲村墓(輝県古墓群)はともに王侯級の墓で金属器の精品の出土で知られる。1977年湖北省随県発見の曾侯乙墓は保存良好な戦国前期木槨墓で,青銅器は透し彫,浮彫,錯,嵌の技巧をこらし,とりわけ尊と尊盤は複雑な透し彫装飾を器全面に付加したみごとな精品である。注目をひくのは楽器群で,管弦打楽器がそろい,編鐘はL字形上下3段の鐘虡(しようきよ)に大小64点の鐘がかけられたまま出土した。…

【随】より

…都邑は現在の湖北省随県とみる説が有力。しかし随県城の北西にある前5世紀ころの古墓(曾侯乙墓(そうこういつぼ))から〈曾侯〉の銘のある青銅器が出土しており,随と曾との関係が論議されている。なお,隋・唐の隋とは,楊堅(文帝)の父の楊忠が北周のとき随国公に封ぜられたことによる命名とされる。…

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