楽器とは人間の音楽的行為に用いられる道具の総称である。しかし,音楽とは何か,また音楽的行為とは何かということは,民族,時代および文化によって異なるので,これらすべてに共通する楽器の概念を詳細に定義するのは困難である。
我々がふつうに使う〈楽器〉の概念は,ヨーロッパ系言語の〈インストルメント〉または〈オルガノン〉に相当する。前者は道具を意味するラテン語instrumentum,後者は器官を意味するギリシア語organon,ラテン語organumに,それぞれ由来する。
ヨーロッパではルネサンス以後,音楽を人間の声による声楽と楽器による器楽とに大別してきた。ルネサンスからバロックにかけて(15~18世紀),とくに器楽が発達し,現在のオーケストラや室内楽で使われるほとんどの楽器の基本形ができあがった。文献の上ではヨーロッパにおける最古の音楽百科事典といわれるプレトリウスM.Praetorius(1571ころ-1621)の《音楽大全Syntagma musicum》(全3巻)の第2巻(1619)に,楽器の詳細な記述がみられる。
日本語の〈楽器〉は中国に由来する漢語であるが,その概念は〈音楽〉の語と同様に近代になって輸入されたヨーロッパ文化の強い影響を受け,主としてヨーロッパ系の楽器を意味する語として使われ始めた。しかし日本の音楽(邦楽)や,ヨーロッパ以外の諸民族の音楽に関する情報および関心の増大につれて,楽器の概念も広がりつつある。
一方,楽器学,民族学(文化人類学)などの分野では,楽器の概念をもっと広く解釈することがある。すなわち体系的な作品としての音楽の演奏に用いられる道具としての楽器ばかりでなく,信号や合図のようなコミュニケーションの手段としての音を出す道具,風や流水などの自然の力を利用した発音器具,あるいは音の出る子どもの玩具なども,広い意味での楽器と考えるのである。また,発振回路によって音を合成するシンセサイザーや,ステレオセット,カセットテープレコーダーなどの音響製品も,もっとも広い意味では楽器の範疇に加えることができるであろう。
音楽の起源に対しては,言語起源説,労働起源説,模倣起源説,呪術起源説などがあるが,これらの諸説は楽器の起源にもかかわっているとみられる。
言語の代りに楽器によって特定の通信文を伝達したり物語を語ったりする例は,現在でもオセアニアのスリット・ドラム(割れ目太鼓)やアフリカのトーキング・ドラム(太鼓話法)などにみられる。そのもっとも単純な形態は時刻や非常事態などを鐘などによって告げ知らせるものである。ヨーロッパの教会の鐘や日本の寺の鐘,あるいは火の見の半鐘などはこうした例である。このように,声によらず道具によって言語的な表現を行おうとするところに楽器の必要性が生じたと考えることもできる。
音楽の模倣起源説は動物の鳴声の模倣から音楽が発生したとみなすのであるが,肉声だけでなく道具を用いて動物の鳴声をまねるものも多い。今でも狩猟民はこのような道具を使うが,日本の鹿笛などもその一例である。これらが楽器に転用されたと考えることもできる。このように狩猟の道具が楽器に転化したとみられる例として,ほかにアフリカの楽弓(ミュージカル・ボウ)がある。
また,呪術などの原始宗教も楽器の必要性を示唆している。それはしばしば超自然的な世界との連絡のために日常的な音声と明確に異なった音響の創造が必要とされるからである。
このほか,労働や舞踊のリズムをとるために手足を打ち鳴らすという身体表現の,代用ないし拡大表現として楽器が生まれたという考え方もある。いずれにしても,音楽における起源論と同様に楽器の起源も単一ではなく,多元的なものであろう。
音楽は時間の経過とともに消え去るものであるから,その歴史を記譜法の発明以前までさかのぼることは不可能である。しかし楽器については,壁画,洞穴画その他の残存資料から古い時代の形態をある程度知ることができる。
人間は歌うよりも先に楽器を鳴らしたとする説もないではないが,器楽は声楽よりずっと遅れて始まったというのが通説である。しかし人類が道具を用いるようになって以来,木や骨による〈打ちもの〉,乾燥した木の実などによる〈がらがら〉を知っていたことは十分考えられる。旧石器時代になると,ブル・ロアラー(うなり木),法螺(ほら)貝および笛が現れ,新石器時代にはスリット・ドラム,一面太鼓,楽弓,パンの笛(パンパイプ),横笛,木琴,ジューズ・ハープ(口琴),葦笛など,豊富な種類の楽器が作られるようになった。さらに金属を用いるようになると,鐘やチター系弦楽器が現れる。さらにハープ系弦楽器は前3000年代に,両面太鼓は前2000年代に,シンバルやリュート系弦楽器,金属製のらっぱなどは前1000年以後に現れたといわれる。紀元後に初めて現れたものには,笙,銅鑼(ゴング),弓奏弦楽器などがあるとされる。
これらは,現在までに発見された限られた考古学的資料に基づいて推定されたものなので,今後,新しい資料の発見によって変わりうるものである。それでも大きくみれば,人類の最初期に現れた楽器は打楽器に属するものであり,つぎに笛,太鼓,木琴と続いて,弦楽器は最後に作られたものといえそうである。また,現在世界中で使われているほとんどの楽器の直接の祖型は,紀元後,すなわち人類の歴史からすればごく最近に完成されたものである。その時期は文化圏や民族によってまちまちであるが,各地域のそれぞれの楽器がどのように変遷してきたか,またどのように伝播したかということを知るための資料は,現在きわめて不十分である(個々の楽器の歴史については,それぞれの項目を参照されたい)。
楽器の形態や構造は多様であるが,それをいくつかの系統に整理することにより体系的に理解することができる。
日本では一般に,楽器を管楽器,弦楽器,打楽器の3種類に分けている。諸外国でも表現は一部異なるが(たとえば管楽器に相当する英語はwind instruments〈風楽器〉である),これとほぼ同様の3分法がみられる。オルガン,ピアノなど鍵盤をもった楽器を区別して鍵盤楽器と称し,全部で4種類とする場合もある(さらに電子楽器を加えることもある)。この分類法はわかりやすいので,とくにヨーロッパ,およびその影響の強い音楽文化圏において広く使われているが,それ以外の諸民族の楽器に対しても,かなりの程度まで応用することが可能である。そこで,この3分法に従って,楽器の種類の概略を述べることにする。
管楽器は管状の物体を楽器のおもな構造体とするもので,笛とらっぱがこれに含まれる。どちらも管の中の空気柱を振動させることによって発音する楽器であるが,一般に唇の振動によって空気振動を起こさせるものをらっぱ,それ以外のものを笛と呼んでいる。
笛には形態の上から横笛と縦笛の2系統があり,縦笛はさらに簧(こう)(リード)のあるものとないものとに分かれる。たとえばフルートは横笛,尺八やリコーダーは無簧の縦笛,クラリネットやオーボエは有簧の縦笛である。縦笛と横笛とを問わず,多くは指穴がついており,これを閉じたり開けたりすることによって音階を作ることができる。フルートやクラリネットなど,ヨーロッパの発達した笛には指穴を弁で押さえる機構がついている。
らっぱは直管型と曲管型とに分けられる。アルペンホルンのように直線的な管をもつものは直管型であり,フレンチホルンのように渦巻状のものは曲管型である。素朴ならっぱには直管型で音の高さを唇だけで調節するものが多いが,発達したものは渦巻状の管の途中にピストン機構があり,これによって容易に音階を作ることができる。
管楽器を厳密にいうと笛類とらっぱ類だけになってしまうが,前述のwind instrumentsと同義語にとるならば,送風機構のついたオルガンやアコーディオン,それにハーモニカなども,空気の流動によって発音するという点で同類の楽器といえる。これらは弁(フリー・リード)を振動させる機構を伴っているので,有簧の縦笛およびらっぱ(唇をリップ・リードという)と併せて,リード楽器と総称することもある。
つぎに弦楽器は,弦を振動させることによって発音する楽器という意味であり,構造の上からリラ系,ハープ系,チター系,リュート系に分けられる。
リラ系は,古代ギリシアのリラ,キタラのように,支柱に対して垂直方向に弦が張られるという構造をもったものである。いわゆる竪琴の系統であり,手に持って弦を指でかき鳴らしたと考えられる。現在,この種の楽器は少ない。
ハープ系の基本的な構造は,弓の弦と同様に弦を支柱に対して斜めの方向に張ったものである。ヨーロッパのハープやミャンマーのサウンなどがこの系統である。通常は指でかき鳴らす。
チター系は,棒状,管状,板状あるいは箱状などの楽器の本体に対して,弦が平行に張られているものである。もっとも単純な構造をもったものとして,日本や東南アジアなどの一弦琴がある。弦の数が多いものには東アジアの琴(きん),箏(そう)(日本の琴(こと)も含む)あるいはヨーロッパのチター,プサルテリウムなどがあり,もっとも大がかりな機構を備えたものがピアノである。指や人工の爪などでかき鳴らすものが多いが,ピアノやイスラム圏のサントゥールなどのように,弦を打って鳴らす(打奏)ものもあり,朝鮮半島の牙箏のように棒でこする(擦奏)ものもある。
リュート系の弦楽器は,楽器本体と,その一部が突出ないし延長した部分とから成り,弦が本体と平行に,本体から突出部の先端にかけて張られているものである。かき鳴らす(搔奏)か,弓でこする(擦奏あるいは弓奏)ものがほとんどである。ギター,三味線などが前者であり,バイオリン,チェロなどが後者である。リュート系は多くの地域にさまざまなタイプのものがあり,弦楽器の中でもっともバラエティに富んでいる。
なお,どのような方法で音を出すにしても弦そのものの振動の音量はきわめて小さい。したがって弦楽器は,弦の振動を増幅させるために響きのよい木材などを用いて共鳴のための板ないし箱を作り,その上に弦を張るという構造をもっているものが多い。この共鳴体の形が変化に富んでいるということが,弦楽器の種類を豊富にしている一因である。
最後に打楽器は,打ち鳴らす楽器という意味であるが,英語のpercussion instrumentsに相当し,打奏弦楽器は通常含まない。打ち鳴らされる部分の形状ないし材質によって,膜打楽器,木製打楽器,金属製打楽器,その他に分けられている。
膜打楽器の典型的なものは太鼓である。動物の皮が太鼓の膜の材料になるので,動物さえいれば太鼓を作ることができる。そのため太鼓はあらゆる楽器の中でもっとも広く分布している。その形態には,枠形(タンバリンなど),なべ形(ティンパニなど),筒形ないし樽形(大太鼓など),砂時計形(鼓など)がある。枠形となべ形のものは一面太鼓であり,それ以外は二面(両面)太鼓が多い。皮の張り方から,締太鼓と鋲打太鼓とに分けることもできる。奏法は,手または桴(ばち)でたたくものがほとんどであるが,なかには振鼓のように回転させて音を出すものもある。なお,太鼓という名称をもっていても,スリット・ドラムのように木製打楽器に属するものや,銭太鼓のように〈がらがら〉に近いものなどもあるので,膜打楽器と太鼓とは必ずしも一致しない。
木製打楽器には拍子木やカスタネットのように打ち合わせる(拍奏)タイプと,木魚や魚板のように桴でたたく(桴奏)タイプとがある。後者のなかで,楽器としてより大きな機能をもったものが木琴である。木琴は東南アジア,アフリカおよびヨーロッパでよく使われており,発達したものは木片の下に共鳴のための筒を備えている。
金属製打楽器も,シンバルのように打ち合わせるものと銅鑼のように桴で打つものとがあるが,鈴のように振って鳴らす(振奏)ものもある。金属製打楽器で音階を奏することができるのは,木琴を金属製にした鉄琴のほか,なべ形の銅鑼を横に並べたタイプのものがある。インドネシア(ジャワおよびバリ)のガムランは,このように音階をもった金属製打楽器群を主体に編成された大規模なアンサンブルである。また,古代中国および現代の朝鮮半島にみられる編鐘は,音の高さの異なる鐘(しよう)を多数配列した,珍しい金属製打楽器である。
その他の打楽器として,比較的少数の例であるが,古代中国などの磬(けい)のように石を打つものがある。また,日本のすりざさらやメキシコのギロのようにこすって鳴らすもの,あるいはオセアニアなどに多いがらがらのように,堅くて小さなものを一度に鳴らすタイプの楽器も,広い意味で打楽器に含めてよいであろう。
なお,世界の楽器のなかには,管楽器,弦楽器,打楽器のいずれにも含まれないものがある。たとえば,ブル・ロアラー,アフリカの親指ピアノ,世界に広く分布するジューズ・ハープ(口琴)などがそれである。このため楽器学や民族音楽学で楽器を分類する場合は,この3分法でなく,通常ホルンボステルとC.ザックスが《楽器分類学》(1914)で提唱したザックス=ホルンボステル法と呼ばれる分類法を用いる。それによると,あらゆる楽器は,まず体鳴楽器idiophones,膜鳴楽器membranophones,弦鳴楽器chordophones,気鳴楽器aerophonesの4種類に分類され,それぞれがさらに細かく分類される。しかし,この分類法にも弱点が指摘されており,ほかにさまざまな方法が考案されている。
楽器には必ず音を出す部分,すなわち発音体(振動体)がある。楽器の発音のメカニズムはこの発音体の種類によって異なるが,それに対応して演奏の方法もある程度決まってくる。
管楽器には,フルートのように空気そのものが発音体となっている場合と,クラリネットやハーモニカなどのように,植物の葦や金属片などで作ったリードの振動によって発音するものとがある。前者では気体の流動自体が音を生じるのであり,後者では気体の流動によって生起する気圧の変化およびリードの弾性(復元力)が振動を起こさせ,それが音として聞こえるのである。らっぱにはリードがないが,この場合は人間の唇がリードと同様の働きをしている(リップ・リード)と考えられるので,後者に含まれる。管楽器はリードの有無およびその材質,枚数によって音色が異なってくる。
管楽器の演奏法としては,直接人間の息を吹きこむ(吹奏)ものがほとんどであるが,アコーディオンのように手で押したり(圧奏),パイプ・オルガンのように大がかりな装置を使うなどして,間接的に風を送るものもある。
弦楽器は弦を振動させることによって発音させるものであるが,多くの弦楽器は,前述のように弦の振動を増幅させるための共鳴体をもっている。この場合,外的エネルギーを直接受け取って振動する弦を第1次発音体,弦の振動によって二次的な振動が起きる共鳴体を第2次発音体と考えればよい。弦の材質としては,絹,羊腸(ガット),金属(スティール),ナイロンなどがある。また共鳴体は木材を主体としたものが多く,部分的に竹,金属板,動物の皮などを使ったものもある。弦および共鳴体の材質の違いは,音色の違いとなって現れる。
弦楽器の演奏法には,指,爪あるいはその代用品で弦をかく方法(搔奏),馬の尾などを張った弓,あるいは棒などで弦をこする方法(擦奏),細い竹の桴,あるいはハンマーなどで弦をたたく方法(打奏)の3種類がある。リラ系およびハープ系弦楽器は,通常搔奏する。リュート系弦楽器には,搔奏するもの(ギターなど)と擦奏するもの(バイオリンなど)とがある。そしてチター系弦楽器は,搔奏(箏など),擦奏(牙箏など),打奏(ピアノなど)の三つのタイプに分かれる。弦楽器の場合は,このように発音体に対する振動のさせかたによって演奏法が分かれるので,発音体の材質だけでなく,演奏法の違いによっても音色が変化することがある。
打楽器の発音体は,材質の上から動物の皮などで作った膜状物体と,木または金属などを材料とした固形の物体とに分けられる。膜状物体を発音体とする打楽器は太鼓であり,それ以外の打楽器は,すべて固形物体が発音体となっている。後者は,材質としては木,竹,金属,石などであるが,形状から棒形,板形,容器形,球形などに分けることもできる。それぞれの振動のしかたを測定すると,形状によっても少しずつ異なっているが,人間の耳で判別できる音色の違いは,やはり発音体の材質によるところが大きい。
打楽器は,その名のように打ち鳴らすもの(打奏)が主であるが,場合によっては太鼓の皮を手でこする(擦奏)奏法もみられ,楽器によっては搔奏することが主になるもの(すりざさらなど)もある。また振鼓のように,人間の動作としては太鼓を持って回す(転奏)ものや,ある種の〈がらがら〉のように,やはり動作としては振ることによって発音させる(振奏)ものもある。また,打楽器とはいえないが,ある種のジューズ・ハープは手でひもを引くことによって発音させる。
このように,発音体に対する力の作用,および人間の行為の形態を考慮して楽器の演奏法を整理すると,多くの楽器は,吹く(吹奏),搔く(搔奏),こする(擦奏),たたく(打奏),打ち合わせる(拍奏)のいずれかによって演奏され,少数のものが,押す(圧奏),振る(振奏),回す(転奏),引く(引奏)などの身体運動によっている。
なお,広義の楽器のなかには,人間以外の力によって発音できるように工夫されたものがある。そのひとつは,風や流水など,自然の力を利用したもの(風鈴,ししおどしなど)である。また,ゼンマイなどの機械的な力によって自動的に鳴るように考案されたもの(オルゴールなど)もあり,さらに電気的に自動演奏ができる装置(レコード・プレーヤーなど)というように,広い意味の楽器の種類の増大とともに,その演奏方法も多用化している。
狭義の楽器は本来音楽演奏のために作られたものであり,多くは音楽的用法に限定されるが,場合によってはそれ以外の目的にも用いられる。たとえば,世界のかなりの地域に分布しているシャマニズム(巫俗)で使われる太鼓などには,神性が付与されていることがある。シャマニズムでなくとも,祭儀に用いる楽器を聖なるものと考えたり,楽器の所有者(とくに権力者)の力を誇示するための道具として使われる例もある。また,ピアノが男性でバイオリンが女性であるとか,一対の太鼓が男女を表すなど,楽器を男女と結びつけて考える文化も多い。これらは,楽器がそれ以外のもの,たとえば神性や権力,性などを象徴している例である。
広義の楽器のなかには,音楽以外の一般的な生活のなかで,単に音を出す道具として使われるものがある。これらを音具sound instrumentsと呼ぶこともある。その用法は,信号,合図,通信など,言語表現の代用として使われるものが多い。その発達した例が,トーキング・ドラムである。その他,鹿笛のように動物をおびきよせる道具,あるいはその逆に,害鳥を追い払うために田畑に置く鳴子などは,狩猟や農耕など人間の生業活動と結びついている。
このように,一般的用法における楽器の社会的機能には,神性,権力などの象徴機能,伝達などの言語代理機能,生業用具としての実用機能などがある。
一方,楽器の音楽的機能に関しては,ある楽器がどのような音を出すことを意図して作られているか,あるいは,実際にどのような音を出すことができるかという点から,一般にリズム楽器,旋律(メロディ)楽器,和声(ハーモニー)楽器の三つに区分できる。これを前述の楽器の種類と対応させると,管楽器と弦楽器には旋律楽器の種類がもっとも多く,ついで和声楽器があるが,リズム楽器はほとんどない。これに対して打楽器ではリズム楽器の種類がもっとも豊富であり,ついで旋律楽器があるが,和声楽器の例はきわめてわずかしかない。このように,管楽器および弦楽器と,打楽器とのあいだには,音楽的機能の上で大きな違いがある。
楽器の音楽的機能は,それぞれの音楽文化の性格に深くかかわっている。たとえば,単声の音楽しかもたない民族に和声楽器が存在する可能性は少ないが,合唱の盛んな文化では逆にそれが発達しやすい。また,複雑なリズムを表現することが得意な民族では,リズム楽器が日常的に使われるが,そうでない地域では特別な機会にしか用いられないという現象もある。
あらゆる文化に共通する楽器の基本的な機能は,人間が音声を用いて行う表現の世界を拡大するものであるということができる。しかし,その社会的機能と同様に,音楽的機能においても,単に楽器だけを切り離して比較するのではなく,個々の文化の具体的な事象との関係において,楽器を考えることが必要である。
執筆者:櫻井 哲男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
音楽表現のために用いられる、音を発する道具の総称。音楽表現といっても、美的要求によるものに限られるわけではなく、祭祀(さいし)や医術などのための、宗教的ないし実用的なものまで含めて考える必要がある。したがって、音の出る物であればすべてが楽器になりうる。現在でも日用品などを加工し楽器として用いる試みがあり、楽器と楽器でないものとの区別は明確ではない。楽器であるかないかの判定は、習慣的、文化的、制度的であるとともに、使用者にもゆだねられている。
西欧語で楽器を示すinstrumentなどは、いずれも道具一般を示す語であり、ギリシア語で道具を意味する「オルガノン」organonも楽器の意味で用いられ、「楽器学」の英語名organology, organographyなどはこれが語源になっている。
[前川陽郁]
楽器は音を出すための道具であるが、人間には音(声)を出すための器官がすでに備わっているため、楽器音と肉声との比較によって、楽器の存在意義を明らかにすることができよう。
肉声の場合と異なる楽器の特徴の一つは、一定の音高をもつことである。ただし、音高感が明確でなく、リズムにのみかかわる楽器もある。また、管を吹いた場合などは倍音列に属する音が容易に出るため、声のように連続的ではない音高の変化が得られる。さらに、楽器では音高の相違を空間的、視覚的に容易に示すことができる。たとえば、木琴のようにたたく物の大きさ、パンの笛やハープのように管や弦の長さの違いで音高は変化する。弦の長さを変えたり管に指孔をあけたりすることで積極的に音高を変えるようになれば、この特徴はいっそう顕著である。これらのことから、楽器は声に対して音高の基準を与えることができ、とくに歌の伴奏を考えればその役割は明白である。また、聴いたり歌ったりする音を楽器でまねたり、逆に楽器で音を確かめてから歌ったりすることができ、さらには、鍵盤(けんばん)楽器のように、音の関係を楽器上で視覚的にとらえることもできる。
音楽の起源に関して、歌と楽器との先後関係は明らかではなく、さまざまな説があるが、少なくとも、体系的な音組織の成立は、楽器の特性(音の非連続化・空間化・視覚化)を抜きにしては考えにくい。
また楽器は、肉声とは違って、手や息、ときには全身を使って発音され、コントロールされる。発声にも息は関係するが、楽器の場合とは性格が異なる。このことは、動作によって感情を表現するという人間の動作衝動と相まって、身体運動に伴う運動感覚を音楽体験に加え、さらに音を空間化・視覚化する楽器の特徴から、空間的な感覚が音楽体験に加わることで、音楽表現が歌とは異なった性格をもつ。
楽器のもっとも端的な存在意義は、表現可能性の拡大である。そもそも楽器をもつこと自体が、声とは別の音をもつことである。また、人間の声域が通常で1オクターブ強、訓練された人でも2オクターブ程度の場合が多く、男性の低声から女性の高声までの幅も約4オクターブであるのに比べ、楽器は、声にはまったく不可能な音高のものもつくることができる。たとえば、オーケストラではチューバからピッコロまで7オクターブ近くの音域があり、ピアノとなると1台で7オクターブ以上、オルガンはさらに広い音域をもつ。ただし、その最低・最高音域の音楽的意義は疑わしく、とくに最低音域の音が単独で使用されることはまずない。
楽器による表現可能性の拡大は、音域ばかりでなく、音色や音量についてもいえる。楽器の音色は多彩であり、とくに打楽器や打弦楽器、撥弦(はつげん)楽器の立ち上がりの鋭い音は、声では得られない。さらに楽器によっては、1人で複数の音を出すことが可能になる。しかし、音楽の表現可能性が楽器によって拡大するといっても、それがただちに声に対する楽器の絶対的優位を示すわけではない。トーキング・ドラムのように楽器でことばを模倣する試みはあるものの、基本的には楽器はことばを発することができず、歌を歌うことはできない。また楽器には、身体を用いて演奏するための欠点もあり、これについては後述する。
[前川陽郁]
楽器が音楽表現に用いられる道具であるためには、音→知覚→反省→身体運動→音の循環のなかに組み込まれ、いわば身体を越えた物としての楽器が身体の一部となることができなければならない。この点では、楽器は肉声をモデルにしていると考えられる。しかし、身体の一部になることができるという条件は、往々にして前述の音楽の表現可能性の拡大とは矛盾する。一例として、楽器の発音についてフルートとオルガンとを比較してみよう。
フルートの発音は息によるが、音の大きさの変化は吹き方の強弱による。音高の変化は、指孔の押さえ方によるほか、吹き方も関係する。とくに重要なのは、タンギングや息のコントロールで音のアタックを変化させることにより、多様な表情が得られることである。一方、オルガンでは、送風装置からの空気を流すか止めるかによって、音を出したり切ったりする。その機構が機械式(電気式のものもある)ならば、アタックをある程度変えられるが、フルートに比べればわずかである。音色の変化はパイプの組合せで、音の大きさの変化はよろい板の開閉とパイプの組合せで得られる。音高の変化は鍵盤によるが、鍵(キー)の位置と音高とに必然的なつながりはない。また、鍵を押さえたのちは切る以外に音を変化させることができない点でも、フルートとは対照的である。発音後の音の変化を活用することは、フルートよりも、たとえば尺八に特徴的である。
このように、表現可能性の拡大を求めて、楽器の規模が大きくなり複雑さが増すほど、いわば機械まかせの部分が多くなり、人間が直接コントロールできる割合が低くなりがちなのである。20世紀になって電子楽器が急速に進歩し、音楽の表現可能性が無限といえるほど拡大しているにもかかわらず、なかなか主流となるに至れないのは、一つには、身体の一部としてコントロールしにくいという制約があるためと考えられる。
[前川陽郁]
それぞれの楽器には固有の音の性質がある。ここでは音の三要素とされる「高さ」「大きさ」「音色」の概略を、弦楽器、管楽器、打楽器についてみてみよう。鍵盤楽器は、発音機構上はこれらのどれかに相当する。
音の高さの感覚は音の振動数にほぼ対応し、振動数が多いほど高く感じられるが、音色に左右されることもある。弦の振動数は、基本的には、弦の長さ、張力、太さ、材質の比重によって決定される。音高を変化させるためには、弦の長さを変えることが多いが、張力を変えることもあり、とくに調弦は張力の調節によるのが一般的である。ただし箏(こと)は、弦の張力をそろえたうえで長さを変えて調弦され、張力を変えること(押し手)で音高の変化がつけられる。
管の場合、つまり空気柱の振動数は、管の長さによってほとんど決定されるが、管の太さや形状もわずかながら影響する。空気中を伝わる音の速さも関係するため、温度により音高が変わる。倍音列に属する音を出すこともでき、自然ホルンはこれのみを利用する。それ以上の音高の変化を得るためには、指孔をあける場合と、管長を変えられるようにする(バルブ装置を備える、もしくはスライド式にする)場合とがある。
打楽器の場合、実際の楽器の振動の解析はむずかしく、また振動の複雑さから倍音以外の部分音を多く含むために、明確な音高感をもたないものが多い。音高が意識されるものとしては、調音ペーストを膜に塗って調律されるムリダンガムや、ねじやペダルで膜の張力を調節して音高を変えるティンパニなどがある。小鼓(こつづみ)では調緒(しらべお)により膜の張力を変え、打ち方と組み合わせることで特有の表情を得る。棒や板の振動を利用する打楽器の場合は、音高の調節が容易でないため、鉄琴のように複数の発音体が並べられることが多い。
音の大きさは感覚的なものであり、物理量である強さとは区別される。音の大きさは強さにおおよそ対応するが、強い音は大きく感じられるのに対して、大きく感じられる音が強いとは限らない。たとえば木管楽器やピアノでは、音の強さが変化しない範囲内で、息の吹き込み方や打鍵の強さによって倍音の含まれ方が変わり、音量感が変わることがあり、また音の高さによっても音量感には差がある。ハープシコードのように音量の変化がほとんど得られない楽器は別として、小さな音の限りはないが、大きな音の限界は楽器によって異なる。弦楽器は、弦だけでは表面積が小さく強い音が出せないため、共鳴器がつけられるのが通例である。
音色は倍音構造によって決まると説明されることが多いが、楽器の音色に関しては、音量の時間的変化(エンベロープ)が倍音構造以上に重要であり、音から時間的変化を取り除くと音色の違いはわかりにくい。とくに重要なのは立ち上がりと減衰であり、音の立ち上がりは、倍音構造の違いがもっとも聴き取りやすいときでもある。また、倍音構造が時間的に変化することもある。弦の振動の音色は、弦の条件によっても決まるが、それ以上に重要なのは、音を出す方法(大きく分けて撥弦(はつげん)か打弦(だげん)や擦弦(さつげん)か)であり、音を出す点(弦のどの部分を撥(はじ)く、打つ、擦(こす)るか)である。胴や共鳴器は、音量ばかりでなく、音色にも大きく影響する。管の空気柱の振動の場合、音色を決めるのは、主として管の形状(円錐(えんすい)か円柱か、両者の組合せか、管の端が開いているか閉じているか)、管の内壁の状態、空気柱への振動の与え方(リードによるか、唇によるか、エッジ音によるか)、そして演奏方法である。管の材質の影響については意見が分かれている。打楽器という分類は、弦楽器や管楽器のように発音体に関するものではなく、発音の動作に関するものであるため、打楽器の音の性格を包括的に述べることはむずかしいが、一つの特徴は、その打つということによる鋭い音の立ち上がりである。打って演奏するのではない打楽器、たとえば、振るもの、擦るもの、落下させるもの、かき鳴らすものもあるが、発音上は、打って演奏する打楽器と類似する点が多い。また楽器そのもの、つまり材質や形状や構造だけでなく、何で打つか、また打つ部位によっても音色は変化する。
[前川陽郁]
楽器が音楽表現のための道具であるためには、楽器が当該音楽体系に対応していなければならない。音楽体系の主要な要素の一つは音階であり、打楽器の多くのように、明確な音高感をもたずリズムにのみかかわるものは別として、すべての音階音を出すことができなければ、楽器としての意味をなさないか、補助的な役割にとどまる。さらに、音楽は音の動きによる表現なのだから、音階音を出せるだけでは十分ではなく、少なくとも、音楽体系のなかで多く使われる音の動きを容易に演奏できることが要求される。
音楽に対する楽器の関係は、従属的なものだけでなく、楽器が音楽をつくるという側面もある。楽器と音階の成立との関係については先に触れたが、楽器が音楽をつくるのは、音階の面だけにとどまらない。楽器なしには楽器の音楽がありえないのはもちろんであるが、それ以上に、単に音楽の素材としての楽器音ということを超えて、楽器が音楽表現を左右する。楽器には、音域や音量の、また楽器の構造や演奏法に伴う制約ないし可能性、音色上の特性などがあり、それらにあわせた音楽表現がなされる。新しい楽器の発明は、音楽表現上の要求からであることも、そうでないこともあるが、少なくとも、新しい楽器は新しい音楽表現への原動力になる。しかしまた、楽器の性能や演奏能力の限界が音楽表現を枠づけ、その枠を超えようとすることが楽器や演奏技巧の改良を促すこともある。このように、楽器の変遷と器楽の変遷とは不可分の関係にある。このような楽器と音楽との相互影響関係は、器楽だけでなく、声と楽器についても当てはまる。
また楽器は、音楽理論とも関係している。ピタゴラス学派の音楽理論の成立には、モノコードによる実験が重要な役割を果たしていた。モノコードを用いることで、音高の関係を数量的関係としてとらえることができるのである。ヨーロッパの近代以降の音楽理論は、ピアノをはじめとする鍵盤楽器のうえに成り立っている。そして、鍵盤楽器を抜きにしては、六音全音音階や十二音音階は考えられない。
[前川陽郁]
楽器の起源は明らかではないが、動作の単純さからいえば、身体の一部や物をたたくことがもっとも原初的であろう。一般に、原始的な楽器ほど分布は世界的であり、たとえば太鼓や笛の類はほとんど世界中にみられる。これらは相互影響なしに独立して発生したと考えられるが、楽器によっては、ただ一つの起源をもち、各地に伝播(でんぱ)し、それぞれの地域の音楽性、気候・風土、材料の入手しやすさなどの点から変形を加えられたものもある。ただし、類似の楽器が異なった地域でみられるからといって、それらが同一起源をもつとは限らない。
伝播や分布の点で興味深いのは、たとえばリュート属の楽器である。リュートはメソポタミアに紀元前2000年ごろ現れ、前1500年ごろにはエジプトに伝えられた。その後のリュートは、棹(さお)の長いものと短いものとに大別されるが、棹の長いリュートは主として古代のエジプトで、またギリシアやローマでもわずかながら用いられた。棹の短いリュートは、前8世紀のペルシアの粘土像や、紀元後初頭のインドのガンダーラ美術にみられる。東へは、中国(月琴(げっきん))、朝鮮半島から、10世紀には日本(琵琶(びわ))に、西へはイスラム圏の近東(ウード)から、10世紀ごろヨーロッパに伝えられ、16世紀にはヨーロッパ中で流行した。また、アメリカのバンジョーはアフリカの民俗楽器が、ハワイのウクレレはポルトガルのマシェーテが、どちらも19世紀に伝わったことに始まる。さらに、ロシアのバラライカのもとになったドムラは、カザフのドンブラ、アラブのタンブールといったリュート属の楽器と関連があるといわれている。
[前川陽郁]
楽器の種類は無限といってよい。多種多様な楽器を分類・整理する試みも多くあるが、なかでも代表的なのは、エーリヒ・M・フォン・ホルンボステルとクルト・ザックスとによる分類法(1914。MHSとよばれる)である。これは、インドの楽器分類法をもとにしたビクトル・シャルル・マイヨンの分類法を補正、再考したものである。
この分類法では、楽器はまず発音体の種類によって、(1)体鳴楽器idiophone、(2)膜鳴楽器membranophone、(3)弦鳴楽器chordophone、(4)気鳴楽器aerophoneの四つに大分類される。さらにおのおのは、演奏法や、発音体と胴体および共鳴体との関係などによって、細かく分類される。そして各項目には分類番号が付されて、研究に供されている。ザックスは1940年には、この4分類に電鳴楽器electrophone(電気増幅楽器と電気発振楽器)を加えて5分類としている。
この5分類法以外には、固体が振動する楽器と空気が振動する楽器とに大別するアンドレ・シェフネルの2分類法(1932、36)や、ヨーロッパの習慣的な3分類法(管楽器、弦楽器、打楽器)、それに電気楽器を加えた4分類法などが知られている。また中国には、発音体の素材による「八音(はちおん)」という漢代の分類法があり、そこでは「金(きん)」(金属打楽器)、「糸(し)」(弦楽器)、「竹(ちく)」(管楽器)、「石(せき)」(石の打楽器)、「匏(ほう)」(ふくべ)、「土(ど)」(土器)、「革(かく)」(太鼓類)、「木(ぼく)」(木製楽器)に分類される。日本では伝統楽器が「鳴物(なりもの)」とよばれ、「打物(うちもの)」「弾物(ひきもの)」「吹物(ふきもの)」に分類することが行われていた。
[前川陽郁]
『クルト・ザックス著、柿木吾郎訳『楽器の歴史』全2冊(1966・全音楽譜出版社)』▽『黒沢隆朝著『楽器の歴史』(1956・音楽之友社)』▽『安藤由典著『楽器の音響学』(1961・音楽之友社)』▽『皆川達夫監修『大図説 世界の楽器』(1981・小学館)』
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