月輪渡(読み)つきのわのわたし

日本歴史地名大系 「月輪渡」の解説

月輪渡
つきのわのわたし

阿武隈川が江戸時代の鎌田かまた村の東端に位置する月輪山の西麓をめぐって北流していた頃の渡しで,「信達一統志」は月輪山について「当村の東大熊川を経て右の方の山なり」とし,「故ニ其津頭を月輪津と云」と記す。元禄二年(一六八九)五月,奥羽行脚の松尾芭蕉山口やまぐち村の文知摺もちずり観音堂を経て,当渡で阿武隈川を越え奥州道中瀬上せのうえ宿に入った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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