月輪渡(読み)つきのわのわたし

日本歴史地名大系 「月輪渡」の解説

月輪渡
つきのわのわたし

阿武隈川が江戸時代の鎌田かまた村の東端に位置する月輪山の西麓をめぐって北流していた頃の渡しで,「信達一統志」は月輪山について「当村の東大熊川を経て右の方の山なり」とし,「故ニ其津頭を月輪津と云」と記す。元禄二年(一六八九)五月,奥羽行脚の松尾芭蕉山口やまぐち村の文知摺もちずり観音堂を経て,当渡で阿武隈川を越え奥州道中瀬上せのうえ宿に入った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む