有飯村(読み)ありいむら

日本歴史地名大系 「有飯村」の解説

有飯村
ありいむら

[現在地名]六日市町有飯

野中(のなか)村の東に位置し、吉賀(よしが)川が村の中央を南西に流れる。川に沿って安芸廿日市(あきはつかいち)街道が通る。山根(やまね)・有綱(ありつな)・沖場(おきば)・八(や)ヶ迫(さこ)の四集落がある。明治四年(一八七一)の万手鑑では古高二〇四石余、寛永一四年(一六三七)の検地高三一二石余、明治四年の総高三五七石余・反別四五町八反余、家数五八(本百姓五四・小百姓三・寺一)・人数二三七、牛四三・馬一、米蔵一、御立山一(槙山)、禅宗宗久(そうきゆう)寺、小社二、鉄砲五、紙漉舟三一、古城跡一。享和三年(一八〇三)の石見国郡村仮名付帳(津和野町郷土館蔵)では六日市村の枝郷であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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