日本歴史地名大系 「朔日町」の解説
朔日町
ついたちまち
[現在地名]八戸市朔日町
八戸城下のほぼ中央、裏町通沿いに位置する町人町。東は
宝暦二年(一七五二)当町より出火し、類焼四六軒、竈数七三、死人二人、焼死馬一疋の被害が出ている(「八戸藩日記」同年二月二九日条)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
八戸城下のほぼ中央、裏町通沿いに位置する町人町。東は
宝暦二年(一七五二)当町より出火し、類焼四六軒、竈数七三、死人二人、焼死馬一疋の被害が出ている(「八戸藩日記」同年二月二九日条)。
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