朝日百塚遺跡(読み)あさひひやくづかいせき

日本歴史地名大系 「朝日百塚遺跡」の解説

朝日百塚遺跡
あさひひやくづかいせき

[現在地名]越路町来迎寺 原

来迎寺原らいこうじはら台地上に、南北一キロ余の旧道、通称浜道はまみちが通る。日本海側の出雲崎いずもざき町から魚沼方面への海産物交易路である。この道の両側に一〇〇個余の塚が二―四列に並列していた。「越後名寄」に「農民ノ申伝ニ、昔者、此処朝日之長者ト云ヘル人ノ住ケルカ、築キ侍リシトカヤ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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