朝長村(読み)あさおさむら

日本歴史地名大系 「朝長村」の解説

朝長村
あさおさむら

[現在地名]多気町朝長

櫛田(くしだ)川と祓(はらい)川の分流点の南方にある。南は西池上(にしいけべ)村・弟国(おうぐに)村と接する。近世は和歌山藩田丸領。「南紀徳川史」に「朝長村皆新田」とある。五桂(ごかつら)池の築造によって田畑を失った人々が分村を成立させたが、朝長村もその一つとされる。享保一一年(一七二六)二月二八日付の朝長薬師堂住持観龍覚書(「相可町史」所収)にその経過が記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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