木崎郷(読み)きざきごう

日本歴史地名大系 「木崎郷」の解説

木崎郷
きざきごう

新田庄内の郷の一つで、新田氏祖義重の根本私領。現新田町木崎から、石田いしだ川右岸の現尾島おじま町北部にかけての地域名称。仁安三年(一一六八)六月二〇日の新田義重置文(長楽寺文書)に「こかん」(空閑)郷々一九ヵ郷の一つとして「きさき」とみえ、義重から庶子らいわう(義季)の母に譲られている。その後の伝領は不明であるが、郷内の安養あんよう寺は新田義貞開基といわれていることから、新田本宗家所領になったと思われる。観応元年(一三五〇)一二月二七日の足利尊氏下文写(正木文書)によると、岩松頼宥が「勲功之賞」として「新田庄内木崎村安養寺義貞跡」ほかを宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む