本五分一町(読み)もとごぶいちちよう

日本歴史地名大系 「本五分一町」の解説

本五分一町
もとごぶいちちよう

[現在地名]北区中之島なかのしま四丁目

宗是そうぜ町の西にある。田蓑橋たみのばし筋より西一町分で、堂島どうじま川沿いと中筋の二筋。「宝暦町鑑」に「たミのばし南詰西側、広島御蔵屋敷」とある。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図に「本五分一□九郎兵へ町」とみえる。なお大坂役石川家中留書(「大阪編年史」所収)に慶長一九年(一六一四)大坂冬の陣に徳川方の石川忠総が「五分一」に陣したとみえ、当町との関係が考えられる。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数一・役数一五役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む