コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

本庄普一 ほんじょう ふいち

2件 の用語解説(本庄普一の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本庄普一 ほんじょう-ふいち

1798-1846 江戸時代後期の医師。
寛政10年生まれ。文政8年ごろ長崎で西洋眼科を研究。帰郷後,武蔵(むさし)川越(埼玉県)で開業。漢方・蘭方折衷の眼科医として患者の信望をあつめた。弘化(こうか)3年11月4日死去。49歳。武蔵本庄(埼玉県)出身。名は俊篤。字(あざな)は士雅。著作に「眼科錦嚢」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

本庄普一

没年:弘化3.11.4(1846.12.21)
生年:生年不詳
江戸後期の眼科医。武蔵国本庄(本庄市)の人。はじめ翠蘭先生に就いて眼科を修めたと伝えるが詳細不明。文政8~9(1825~26)年ごろ長崎に留学して西洋眼科を修めたが,シーボルトの門人ではなかった。長崎を去って京都,さらに武蔵国川越に移って開業し,漢蘭折衷眼科の大家として知られた。天保2(1831)年『眼科錦嚢』3巻,天保8年『続眼科錦嚢』2巻を刊行し,当時最も進歩的な眼科学書として名声を博した。この書で,シーボルト伝授の散瞳薬を詳述し,その誤用によって失明(急性緑内障の発作)することを警告した。<参考文献>福島義一「日本眼科史」(『日本眼科全書』1巻)

(福島義一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

本庄普一の関連キーワード関明霞本庄市本庄資尹本庄資承本庄資昌本庄道揚本庄道章本庄道利本庄道昌本庄宗允

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone