日本歴史地名大系 「本所三笠町一丁目」の解説 本所三笠町一丁目ほんじよみかさちよういつちようめ 東京都:墨田区旧本所区地区本所三笠町一丁目[現在地名]墨田区亀沢(かめざわ)四丁目本所長岡(ほんじよながおか)町の西方、南割(みなみわり)下水の北側にある。東は本所三笠町二丁目、西・南・北は武家地。もとは明地であったが、元禄八年(一六九五)三ノ丸御小間遣衆御賄陸尺衆大縄組屋敷となり、同一〇年に町屋敷となった。当初町名は翁町とする願いが出されたが、三ノ丸御付衆の拝領屋敷であったことから三笠町と称された。町内間数は三之橋通東側町屋は南北表間口八二間余・東西裏行一八間余、新道通東側町屋は南北表間口六六間余・東西裏行一五間余、南側町屋は東西表間口一五間余・南北裏行一四間余、北側町屋は東西表間口一五間余・南北裏行一四間余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by