(1)能の曲名。五番目物。祝言物。作者不明。前ジテは樵夫。後ジテは獅子。寂昭法師(じやくじようほつし)(ワキ)が天竺に渡り,文殊菩薩が住むという清涼山(しようりようせん)にいたり,石の橋を渡ろうとすると,来かかった樵夫に制止される。樵夫のいうには,この橋は幅が1尺にも足らず,苔(こけ)ですべりやすく,下は千丈の谷底で,人間の渡り得る橋ではない。ここでしばらく奇瑞を待つのがよいと教えて立ち去る(〈クセ〉)。やがて,菩薩に仕える霊獣の獅子が現れ(〈乱序〉),山一面真っ盛りの紅白の牡丹に戯れつつ,豪壮な舞を舞う(〈獅子・ノリ地〉)。しばしば半能として後半だけを演じるが,荘厳重厚なクセと,華麗豪快な舞とが対照的に演じられてこそ,この能の真価が発揮される。獅子は赤頭(あかがしら)を着けるが,〈連獅子(れんじし)〉〈大獅子(おおじし)〉などの変型の演出では,白頭と赤頭の獅子が相舞(あいまい)をする。前ジテは童子が本来だが,老人で演ずるやり方もある。
執筆者:横道 万里雄(2)近世邦楽の曲名。《石橋》の曲名をもつものは,地歌のものが有名であるが,能の《石橋》から出た歌舞伎舞踊には,後述のように〈石橋物〉と統括されるさまざまな楽曲があり,《外記節石橋》《新石橋》《牡丹の石橋》などのほかは〈獅子〉の語が曲名に付されるものが多いので,それらを〈獅子物〉ともいう。ただし,〈獅子物〉には,とくに地歌・箏曲・尺八・胡弓において,能とは無関係のものも多く,〈石橋物〉と〈獅子物〉とは区別される場合もある。地歌の《石橋》は,歌舞伎舞踊の《執着獅子》の源流である1738年(元文3)京都早雲座所演の所作事《番(つがい)獅子》から出たと思われるもので,芳沢金七・若村藤四郎作曲,初世瀬川路考(菊之丞)作詞とされる三下り芝居歌であるが,謡い物にも分類される。
→獅子
執筆者:平野 健次(3)歌舞伎舞踊の一系統に〈石橋物〉がある。作品は年代の古いものほど能の影響は少なく,趣向と詞章の一部をかりて歌舞伎化されているが,近代になるにつれて能に近づいている。野郎歌舞伎時代から元禄期(1688-1704)にかけて〈しゝ踊〉が猿若狂言に結びついてあらわれているが,それらと能との関係は明らかでない。元禄期には水木辰之助が〈今様能狂言〉で《花子しゝのらんぎょく》を演じ,早川初瀬が軽業の石橋を得意とした記録がある。現存最古のものは,1734年(享保19),初世瀬川菊之丞の《相生(あいおい)獅子》,続いて同人の《枕獅子》。初世中村富十郎の《執着獅子》にいたり,女方の〈石橋〉として完成をみた。当時は舞踊が女方の専門であったので,これらはいずれも前ジテは傾城姿で手獅子を持って踊り,後ジテも女の姿で長い毛に牡丹をつけた扇笠(2枚の扇を獅子頭に見立てたもの)をつけて狂うのが特色,毛振りは行わない演出が基本的な形式である。安永(1772-81)以後,立役も舞踊に参加する時代になると,獅子の勇猛さを強調する立役の〈石橋〉が生まれる。獅子の隈取に白頭(しろがしら)や赤頭の長い毛をつけ,馬簾つき四天(よてん)の衣装で,勇壮な毛振りを見せる後ジテの獅子の狂いが主体で,能にも女方舞踊にもない独特の演出となった。明治になると,能が一般大衆に解放され,能の演出を模倣した〈石橋〉があらわれる。後ジテの獅子の精が能装束と同じ大口・法被(はつぴ)に頭をつける形式で,《連獅子》《鏡獅子》などの作品があり,いずれも獅子の狂いを見せることに眼目がある。
執筆者:西形 節子
橋桁を石材でつくった橋。石工橋あるいは石造橋ともいう。ごく短支間の場合には石の板をかけ渡したものもあるが,もっともよく用いられたのはアーチ構造としてである。石は圧縮には強いが引張りにはさして強くなく,接着困難,重いなどの欠点があるため,アーチとしての利用は賢明な方法であった。とくに著名な古代ローマ時代の石造アーチ橋は力学の理にかなったまことに堅牢なつくりで,現在でもヨーロッパ各地にそのいくつかが残っている。その後この技術は中世ヨーロッパに継承されたほか,早くから中国に伝えられ,やがて日本にも伝来して,長崎の眼鏡橋(1634完成)をはじめ多くの石造アーチ橋が九州各地につくられた。琉球にはそれ以前にも中国風の石造アーチ橋があったという。しかし石造アーチは40m以下の支間長にしか適用できず,19世紀以降はより優れた構造材料であるコンクリートの出現により,庭園橋ぐらいにしか用いられなくなった。ただ中国では石造アーチの伝統的な工法が今なお残されている。
執筆者:伊藤 学
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能の曲目。五番目物。めでたく1日の催しを締めくくる祝言能。五流現行曲。入唐(にっとう)した寂昭(じゃくしょう)法師(ワキ)は清涼山(せいりょうぜん)に至り、石橋を目前にする。この世から文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の浄土に架かる橋である。現れた山の童子(前シテ。老翁(おきな)の姿にも)は、橋を渡ろうとする寂昭に、名ある高僧でも難行苦行のすえでなければ渡れなかったととどめ、自然が出現させた石橋の神秘を物語る。そして奇跡を予言して消える。仙人(アイ狂言)が出て橋の由来を述べ、獅子(しし)の出現を予告する。前シテをツレに扱い、アイ狂言を省く流儀もある。獅子(後シテ)が出て、牡丹(ぼたん)の花に戯れつつ豪快に舞い、万歳千秋をことほぐ。獅子の出を囃(はや)す「乱序(らんじょ)」の囃子も、豪壮ななかに深山の静寂の露のしたたりを表現する譜が加わるなど、特色がある。「獅子」の舞は能のエネルギーの端的な主張であり、技術的な秘曲で、伝承がとだえたため江戸時代に苦心のすえに復興されたもの。『望月(もちづき)』『内外詣(うちともうで)』でも舞われるが、それは中世芸能としての獅子舞の扱いであり、『石橋』の獅子が本格である。赤と白の夫婦獅子、あるいは親子獅子の出る演出のバリエーションが多く、前シテを省いて、ワキの登場のあと、すぐに獅子が出る略式上演も広く行われている。
[増田正造]
能の『石橋』に取材した歌舞伎(かぶき)舞踊の一系統。たいていは「~獅子(じし)」とよぶところから、「獅子物」ともいう。年代の古いものほど能の影響は少なく、趣向と詞章の一部を借りただけで極端に歌舞伎化されているが、新しくなるにしたがい能に近づいている。野郎歌舞伎の初期から行われ、元禄(げんろく)期(1688~1704)には水木辰之助(たつのすけ)や早川初瀬が演じたという記録があるが、現存する最古の曲は1734年(享保19)3月江戸・中村座で初世瀬川菊之丞(きくのじょう)が踊った『相生(あいおい)獅子』で、同じ菊之丞の『枕(まくら)獅子』、初世中村富十郎の『執着(しゅうじゃく)獅子』がこれに続く。いずれも女方が傾城(けいせい)に扮(ふん)し手獅子を持って踊るという趣向であったが、江戸中期以後は立役(たちやく)の演目になり、四天(よてん)の衣装で獅子の強さを強調して演ずる『二人(ににん)石橋』『雪の石橋』などが生まれ、明治期には能の演出を多く取り入れた『連(れん)獅子』『鏡(かがみ)獅子』などがつくられた。曲はいずれも長唄(ながうた)。なお、「獅子物」という呼称では、能の『石橋』とは別に、民間芸能の獅子舞を舞踊化した『越後(えちご)獅子』『角兵衛(かくべえ)』『鞍馬(くらま)獅子』『勢(きおい)獅子』などもある。
[松井俊諭]
栃木県南部、下都賀郡(しもつがぐん)にあった旧町名(石橋町(まち))。現在は下野市(しもつけし)の北部を占める地域。旧石橋町は宇都宮市と小山(おやま)市のほぼ中間に位置し、1891年(明治24)町制施行。1954年(昭和29)に姿(すがた)村と合併。2006年(平成18)同郡国分寺町(こくぶんじまち)、河内(かわち)郡南河内町(みなみかわちまち)と合併して市制施行、下野市となった。JR東北本線と国道4号が並行して南北に縦貫、南部を国道352号が横断している。近世には日光街道の宿駅として、周辺農村の中心町として栄えた。特産品のかんぴょうなど野菜栽培が盛んである。誘致した工業団地には、衣服、レース、食品、機械などの工場がある。宇都宮貨物ターミナル駅が上三川(かみのかわ)町との境界地区に建設され、流通センターとなりつつある。徳川家光(いえみつ)以来、将軍家の日光社参の休泊所となった開雲寺(かいうんじ)や、県指定史跡の児山(こやま)城跡もある。
[村上雅康]
『『石橋町史』全3巻(1984~1991・石橋町)』
石材を用いてつくった橋。簡単なものでは石の桁(けた)を用いたものもあるが、代表的なものは石造のアーチ橋である。石造アーチはせり持ちで荷重を支える。これをブーソアアーチvoussoir archともいう。アーチ技術はメソポタミア地方に発祥したが、石造アーチ技術を駆使したのはローマ人である。紀元前後の石造アーチ橋はローマを中心としてヨーロッパ各地にみることができる。ローマ帝国滅亡後はしばらくとだえたが、9~16世紀にかけて多くの石造アーチ橋が架けられている。フィレンツェ市のベッキオ橋(ポンテ・ベッキオ)、ベネチア市のリアルト橋などは有名である。
日本の本格的な石造アーチ橋は長崎の眼鏡橋(めがねばし)(1634年。橋長23メートル)、諫早(いさはや)の眼鏡橋(1839年。橋長49.1メートル)などで、東京の日本橋(にほんばし)は1911年(明治44)に架橋された最後の石造アーチ橋である。石造アーチの最大径間はドイツのフリードリヒ・アウグスト橋の90メートル、無筋コンクリートアーチではフランスのカイユ橋の139.8メートルである。
[小林昭一]
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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