本薗村(読み)もとぞのむら

日本歴史地名大系 「本薗村」の解説

本薗村
もとぞのむら

[現在地名]柳川市蒲生かもう

下古賀しもこが村の北東にあり、三潴みづま郡に属する。南は定覚じようかく村。慶長六年(一六〇一)の田中吉政知行宛行状(歴世古文書)に「ミつまくんの内もとその村」とみえ、本米一八二石余と検地出升分一六三石余を合せた三四五石余から、百姓扶助分三二石余を引いた三一三石余のうち三〇〇石が賄い方として「やまかミ殿」に与えられた。残り一三石余は代官預置分とされている。元和六年(一六二〇)以降久留米藩領。本高は一八四石余(元禄国絵図)、「在方諸覚書」では古高三一〇石・役高一九六石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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