杣谷村(読み)そまたにむら

日本歴史地名大系 「杣谷村」の解説

杣谷村
そまたにむら

[現在地名]下市町大字原谷はらだに

善城ぜんぎ村の東南方に立地御領ごりよう郷のうち。慶長郷帳では村高一四〇・〇七石、幕府領(代官大久保長安)延宝検地により村高は二〇二・八七五石となった。願行寺蔵黄檗版一切経の阿育王経全一〇巻末に宝永二年(一七〇五)一〇月、願主として杣谷村のもの四〇人がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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