原谷村(読み)はらだにむら

日本歴史地名大系 「原谷村」の解説

原谷村
はらだにむら

[現在地名]日高町原谷

西(にし)川の最上流部、熊野街道沿いにある。北東は鹿瀬(ししがせ)峠を隔てて有田郡に接し、南は萩原(はぎわら)村。「玉葉」治承四年(一一八〇)九月三日条に「伝聞、熊野権別当湛増謀叛、焼払其弟湛覚城及所領之人家数千宇、鹿瀬以南併掠領了、行明同意云々」とみえる鹿瀬以南は当村辺りまでをさすものと思われる。建仁元年(一二〇一)の「後鳥羽院熊野御幸記」一〇月一〇日条によると、熊野街道の難所鹿瀬峠を越えた一行は当地に下り、「過シヽノせ椎原樹陰湿路甚狭、於此辺有昼養御所云々」とある。


原谷村
はらだにむら

[現在地名]御所市大字原谷

国見(くにみ)山東北麓の谷間の村。葛城から吉野に通ずる吉野道の東部に立地。三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)には「原谷庄 葛上郡 上分米三石 正和元年四月日□浄光院ニ寄進、後 智恵光院寄進之 仲原泰遠」とある。

慶長郷帳では新庄藩(桑山一晴)領。村高一〇五・一二石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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