杭瀬下村(読み)くいせけむら

日本歴史地名大系 「杭瀬下村」の解説

杭瀬下村
くいせけむら

[現在地名]更埴市杭瀬下

千曲川の東岸にあたり、東隣は矢代やしろ村、南は新田しんでん村、北は粟佐あわさ村に囲まれ、西は千曲川に接する。「杭瀬下」という呼称も千曲川の洪水による川欠けを防ぐ杭の多い所というところから出たという。口碑では古来和名抄」の船山ふなやま郷に属していたと伝える。村名の初見は、慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳で「杭瀬下村 高四百八拾参石三斗九升六合」とあって、森忠政による川中島総検地より一村として成立したものと考える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む