東五十里村(読み)ひがしいかりむら

日本歴史地名大系 「東五十里村」の解説

東五十里村
ひがしいかりむら

[現在地名]佐和田町沢根五十里さわねいかり

五十里炭屋いかりすみや町で海に注ぐ荒町あらまち川は、海岸からしばらくさかのぼったところで左右に分れる。当村は、川に挟まれるように押出した段丘上にある。江戸初期は五十里炭屋町から、かなりの量の炭が当村を通り青野あおの峠を経て上相川かみあいかわ(現相川町)鉱山に輸送されていた。「佐州巡村記」では田一六町余・畑六町六反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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