東半町(読み)ひがしはんちよう

日本歴史地名大系 「東半町」の解説

東半町
ひがしはんちよう

[現在地名]堺市南半みなみはんひがし一―二丁

南高須みなみたかす町南半部の東にあり、山口やまのくち筋を挟む両側町。延宝三年(一六七五)の「色道大鏡」に収められた南挙屋町之図は当町のことで、山口筋を挟んで東頬七筆・西頬六筆からなり、東頬六筆・西頬四筆が揚屋として屋号が記される。元禄二年(一六八九)堺大絵図によると東に七筆、西に五筆の宅地があるが、東側はすべて地主塩屋五郎兵衛からの借地。東隣に南宗なんしゆう寺塔頭臨江りんこう(寺)がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む